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海潮園と皆生ホテルで勤務するスタッフ米原が弊社社長の中島にインタビューを行いました。

1.社長経歴

まず社長の経歴を教えてください。

米子東高校から成城大学。
高校大学とずっと硬式テニス部を続けていて高校2年、3年の時はインターハイに出場して鳥取県で初めてシングルスを勝ちぬいた。併に主将を務める。

そこまで行くという事は運動神経抜群なんじゃないですか?

抜群じゃない。努力人だから(笑)

その後はどうだったんでしょうか?

当時はバブルの絶頂期。三井観光開発という会社(現在はグランビスタ ホテル&リゾートに社名変更)に入ったんだけど。

どういった会社ですか?

北海道に拠点のある、北炭の三井グループの会社。ホテルとかリゾート、スキー場を経営する、ホテルだと三井アーバンホテルを展開、当時バブルだったんでそういうリゾート開発に憧れた部分はあったんだけど。
その後はご存知の通り、リゾート開発等の会社は皆、崩壊していって。
まあ今でも当然崩壊しつつあるんだけど。

その時に、結構時間もあったので簿記学校に通ったんだ。
会社に通いながら、夜、簿記学校に。それでちょっと簿記をやった。

ほどなく先代、自分の父親の調子が悪くなって戻ってこいと母親に言われて戻ってきたんだけど。

2.オーナーになったきっかけ

ある程度簿記をやると決算書を見たらなんとなく見えてくるんで。
いやーこの会社、もうすでに死んでいるな、と思ったわけよ。

死んでる?

まあ、債務超過だし、まあそういうことだわな。
商売人とはほど遠い、父親・母親を目の前にして、どうするかなーと自分で思ったんだけど、親戚一同は清算した方がいいって言う…。

当時27歳くらいだったんでこのまま海潮園を継いで…、先が見えない状態で…。まだ27歳だとやり直しが利くから「早く清算しなさい」と、さらに傷が深くなる前に清算した方が良いと親戚に言われて、父親も母親も激怒して…。

そこから継ぐか継がないというか、旅館業というものが面白いというよりも、
小売店、例えば電器屋さんが悪いという訳ではなくて小さい規模の電器屋さんとか、例えばの話、売る商品がみな同じ。自分がメーカーで作るわけじゃないから。
そうすると売る商品が同じだとやっぱり価格競争だとか、そういうもんで量販店には負けちゃうなっていう。

そうであるなら継がなかったんだけど、旅館はある意味自分で商品を作ることができる。
部屋だって改装したり、資金はいるけども。
料理だったら自分が思うようなものをプロデュースして販売することが出来る。サービス業なんだけど、ある意味自分が作れるという事でメーカーみたいな部分もあるので、それだったら人気商売、水商売なんで、人気が出ればなんとかっていうちょっと安易な考えではあったんだけど。

ただ、それぐらいしかこの会社を継続していく、存続させていくモチベーションはそれぐらいの事しか思いつかなかったっていうのがある。
それでまぁ今に至ると。

3.調理について

調理場にもよく入る社長ですが料理の技術はどこで身に付けたんでしょうか?

料理の技術は別に調理学校に通ったわけでもないし。

自己流ですか?

自己流というか、ただこれだけは言えるけど、小さいころから「本物を食え」ということで親父に結構、色々な高級な店に連れていってもらったり。

舌と言うか、味覚という面では磨かれたというか、とにかくインスタントラーメンなんか食っちゃだめだとか。
そういう人工的なものに騙されるなという様なことを小学生くらいからずっと。一緒にご飯食べるのが嫌だ嫌だと思うくらい。
当時から洋食屋とかステーキとか当時まだど田舎の米子の町には無かった頃からレストランに連れて行かれたり。ただ、口うるさかったので凄く嫌だった。

そういう経験もあるし、あとは指を何回切ろうが…、まぁ普通の修行と同じ。

小さい頃からほら、母親がこういう商売してるから、夜、自分で作る機会が非常に多かった。
姉や妹の分も作ったりしてたんで。料理が嫌いではなかった。
小さい頃から厨房の調理師を見てたからね。そういうのはある。

4.先代から引き継いだ当時の状況

海潮園を継いでからホテルオープンまでは順調だったんでしょうか。

順調なわけない!当時、売り上げに対して2.7倍くらいの借金があった。
(金額を言われましたが伏せています)

資産も少ないし、自転車操業もいいとこ。
そこから何をしたかというと、一番コストのかかる調理師をカットして、自分でやるっていう。
食材、原価の一番掛かるもの、人件費が一番かかる所を自分がコントロールするということをやり始めた。

調理師の人数が多かったんでしょうか。

いや、結局、別世界なんだ。

調理師組合みたいなのがあってすごい圧力があったりする。
彼らがそっぽを向くと料理が出なくなったら生命線が断ち切られるでしょ。
そういう圧力団体的なのがすごく嫌だった。

そういう組合があるんですね。

あるよ。ただ、今はそれがバラバラになっているけども。
やっぱり修行するっていうことはその、なんていうのかな。
調理師の世界って師弟関係みたいなのがあるわけでしょ。職人だから。

上の者には絶対「イエス」と言わなきゃいけない。でも上の者をそれなりにかわいがるし。
親子関係みたいな兄弟関係みたいになるんだ。兄弟弟子とかってね。あるでしょ。
一番弟子、二番弟子ってあるんだ。縦社会みたいなのがあって、それの集合体だから。それは太刀打ちできない所はある。

ただ、そこに属していれば調理師もいくらでも回るんだけど。
当時バブルだったんで、皆生温泉にも旅館が増えたんだよ、ボーンと。
そしたら調理師の人員が足りなくて、入れ替わりが起こったんだよな。
で、うちにも来る人が居なくなって。それもあって「もういいや」となった。

だからもう背水の陣で臨んだから大体なんでもできる。
やってることも大したことなかったしな。
今でこそ料理の8割9割は手作りでやってるけど。
当時はほとんど袋から開けて出して、刺身さえ引ければ料理できるって話だった。

でもやっぱりね、食材見たらこういうのが美味しそうだなとか、
魚見たらこういう料理が出来るとか、肉見たらこういうのアリだなとか。
出してあげたいなって思う。

それがちょっとね、他のオーナーとは違うかもしれないね。

女将)小さい時から大女将が私みたいな人だったから(笑)
(実は女将も始めから同席しています。)

そうそう何にもしないから。私は素材重視って言って人参を丸かじりするような人だから。そりゃ駄目だ(笑)

先代から引き継いだ状況はこれが全て。
ある意味いろんな部分で、金銭的にも鍛えられた。だから何でもできる、しないといけなかった。
例えば水道管が破裂しても金が無いから自分で何とかしたし。
ある時見てたら、作業内容によっては大したことやってねえなって分かった。
トイレの詰まりもやるし、害獣の駆除も、調理も、経理もするし、接客もしないといけないし、全部だ。

女将)お客様の前でカニを捌いたり、来シーズンはそれを売っていこうと思ってる。

そこまでさせる…(笑)

引き継いだ状況がどうだったのって、借金がMAXで年商の2.7倍あって「こりゃ返らんな」と思った。
当然、1年2年やって何も変わらない。当然、そんなドラスティックに売り上げが増えるわけじゃないし。

だけど10年経ったらさ、少しずつ借金が返った。少ーしずつ。

で今度何をしたかっていうと手形発行を0にしたんだ。大変な事なんだよ。
手形って手元に資金が無い、約束手形なんで3か月後とか1年後に全部払いますっていう使い方。
でも日々納品が行われている。それを無くすってことは2倍払っていかないといけない。
今のと前の分とで2倍払っていかないといけない。だけどまずは手形発行を0にする。
そうしないと健全な資金繰りができない。どんなに大変だったか。
それをしないと、資金繰りとか資本を作ったりして経営を安定させないと、もうどれだけ借りたらいいか分からなくなる。
当時の状況、今でも借金があって続いてる。ただ一言言えるのは引継いだとき2.7倍あったのは今は0.6倍までになってる。ということは、この20年間で借金を圧縮したってことなんだ。

5.海潮園のウリ

社長の思う海潮園のウリを教えて下さい

一言でいうと結局「損して得を取れ」。
お客さんに喜んでもらうことが一番大切。

特に料理の面で。施設の面で新しいのにすりゃあね、そりゃ負けるって。
少なくても料理だけは
「コストパフォーマンスがいいねココ」って
「この料金でこんな物が食べられて」っていう気持ではいつもいる。
ウリはそこ。

ただ、女将がサービスっていうものを人的な資源が少ない中、一生懸命やるっていうのも最近はウリになってきたんじゃないのかっていう。

他の旅館もやってると思うんだけど、例えば変な話、スキマ産業的な部分は必要。

スキマ産業?

例えば調理師帰るだろ、だけど21時開宴とか21時半開宴とか。
普通、他の旅館は全部断る。

そういう意味のスキマ産業ですね。

そういう細かな、4人・5人だけども、自分がやることによって「あそこならやってくれる」、他の所には断られてるから。
それをやることによって顧客が徐々に付いていって今があるわけで。
スタートはそう、調理師は帰っていいと。他の旅館は絶対できないでしょ。
そういうスキマ的な所、ニッチな部分を、それもウリというか戦略の中に取り込んでいって今がある。

ペット連れでの宿泊も戦略ですか?

そう。当時1軒だけだった。うちが。
最初は普通のお客さんが来ないからペット連れを狙っただけなんだけど(笑)

すごいニッチなとこだと思います。

今はメジャーというか、専門もあるわけでしょ。
でもそれにはなりたくなかった。そういう選択肢の一つに、商品の一つにそれも必要だなっていう。

6.ホテルをオープンさせた経緯

旅館からホテルをオープンさせた経緯はどうだったんでしょう?
声を掛けられたんでしょうか。

そう、銀行から声を掛けられた。ほとんどの人から馬鹿だ、すぐ潰れるわって言われた。

それでもやろうと思ったのは?

まずね、皆生温泉ってどんどん潰れていってるんだよな、バブル崩壊してから。そんな中で、すごい良い場所で、隣は海浜公園だし、一等地ですよ。
あそこが切り売りされるのはまた皆生温泉に穴空きができるっていうのはちょっと。
それとまた外資が入って来てというのはどうかな~っていうのはあったけど。
そんな中、米子市内(駅周辺)はホテルは増えてると…。

なんで!?って。

ビジネスは来てるんだ、じゃそれを取って、観光との併用してもらったら勝負ができるかもしれんな、と。
可能性はあると思った。皆生温泉で立地する限りは温泉施設が無きゃダメだよね。ていうかね、旅館やってたら宿泊業しか思いつかないから。

海潮園の借金もあった状態で、すごい博打だったんじゃないかと思うんですが。

そこまでじゃない。まぁ命までは取られないし、法律も変わったもんな。昔は借金したらしたで、ひどい仕打ちがあったけど、自己破産とかもできるんで。

7.皆生ホテルのこだわり

ホテルオープンに関してこだわった箇所はありますか。ベッドの洋室の中に畳のスペースがあるというのは新しいと思ったんですが。

じゃあそこに何が来るかっていうと応接セットが来るんだよ、普通は。コスト高いじゃん。

それと、ビジネスユースもターゲットにしていたので、小さい狭い机で仕事したくないじゃん。だけど座りがないとダメでしょ。掘りごたつで座って、目の前にパソコン広げて資料を360度置けるわけでしょ。

で、トリプルユースでは、スタッキングベッドを入れなくても、テーブルを沈めれば布団を敷ける。スタッキングベッドにすると部屋が傷むんだよな。

あと、普通はソファとテーブル入れるわな。そういう備品関係を少なくしようと思った。備品を増やすと壊れるわ。まぁその辺のことはインターネットでスクエアプラスの対談に載ってるから。

すいません、知りませんでした。
(調べました→https://www.square-plus.com/talk/kaike1.html

女将)その後10年経っての事とかいいんじゃない?

10年経ってみて、やっぱりデザインありきの設計については色々と施設的な面でやりにくい所が出てきてるとは感じる。
デザインを取ると機能的ではなくなるっていう、ただ当時は見た瞬間、皆生ホテルって分かる様に建物にしようっていうコンセプトだったんで、ああいう建物にした。

8.オーナーの日常

話は変わりますが、オーナーが普段している事を教えて下さい。

料理番組を見て…(笑)

女将)YouTube!(笑)

YouTube見て、YouTuberになりたいな(笑)。
これからの情報発信はYouTube、SNSを使ってやるべきだなって。
そう時代が変わり目に来てるかなって感じる。

ただYouTubeで儲けようって訳じゃないので。情報発信ということで動画を取ってくれる人がいると嬉しいな。

発信したいですか?

したいなぁ

どういう事を?

自分が料理が得意なんで、料理と宿泊施設を結びつける訳でもなくて、普段こういう料理どうですか。とか、料理しながら今の政治を語る。

政治を語りながらクッキング、経済を語りながら…

経済を語れるほど経済を知ってるわけじゃないけども…、コロナウイルスだから免疫力を高める料理、ビタミンCとかEとかタウリンとか。イカ料理、タウリンいっぱい入ってるイカ料理、今日は白烏賊のそうめん作りましょうかとか。そういうのと結び付けたりとか。

今日の一番上がった株を見て、今日は何が…とか、作ってみても面白いかなと思ったり。政治の話題、事件の話題を料理と結び付ける、そりゃタイムリーに料理が出てくるかどうか分からんけどね。
そんな事はやってみたいなと思いながら。

それで来シーズンお客様の前で蟹を捌くんですよね。すごい売れるかもしれないですね。

9.目標

今の社長の目標を教えてください。

借金を早く返すこと。
そこまでお金に執着してるわけじゃないけども、現実的には生きてる内には返らんかもしれんな。なぜかっていうとこれは政治的なもんだけど、税金をすごい取られるから。普通の経営者の方なら当たり前にわかるんだけど、一般社員になかなか分かってないのが借金返すっていうのは儲けじゃないと返せないから…
(ここから10分程度、減価償却、利益、税金、借金返済などの説明がありましたがここでは割愛させていただきます。)

10.今後の野望

海潮園・皆生ホテルに続く3軒目!など、野望がありましたらお願いします。

3軒目は無いかな。

女将)将来、女将さんと二人でカウンターの…

小料理屋でカウンターで蟹捌いて…皆生ホテルの所に朝食兼用会場で小さい店、夜はほとんど予約のお客様しか、気に入ったお客様しかしない(笑)、超予約が取れない店を作って。
シュウの店みたいなのやりたいわ。それが老後の楽しみだ。

2,3組くらいの席数少なめの店、いいですね。

1日3組限定で気分が優れなかったら店も開けないっていう(笑)
そのかわり料理合わせて1泊5万円、それで最高のものを出す。出せなかったら「2万円で結構です」っていう(笑)
海が荒れて出せなかったりね、仕入れが出来なかったりね。

1回やってね、やっぱり目の前で捌いた蟹出すと喜ぶ。
「これ動いてるの心臓ですって」びっくりしたり、喜んだり。

女将)目医者さん

そう、目医者の同級生が
「なんぼでもいいから美味いもの出してくれ、1人10万でもいいから」
って言って本当に1人10万、3人で30万置いて帰ったからな。
俺は1人5万でいいって。

その代わり俺が出ていって、目の前で大きな生きた蟹捌いてね、茹でたて、焼きたてを食べてもらうっていう。それだったら値打ち取れるってからって。
それで15万でいいって言ったの。そしたら黙って受け取ってくれって、最初から1人10万払うつもりだった。
要はそれって、お金の問題じゃないんだよ。
その人がそれで喜んで、最高の接待をしたいと思って。
それが出来る状態にしてあげる事に喜びを感じ、努力する。

女将)喜ばせない事が嫌なの、苦痛なのよ。どういう商売をしているかっていったら嫌な顔されるのが一番嫌。

(…この後も話は続くのですが、
社外秘のお話でしたので割愛させていただきました。)

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